芸術作品の魂
昔、芸術を勉強することについて
お師匠さんからこのような事を教わった。
『芸術に対してのウンチクは勉強しなくて良い。
素晴らしいと言われる芸術品を、20分ただ眺めなさい。
そしてその芸術品の魂を観なさい、感じ取りなさい。』
というふうにおしゃった。
その頃、芸術に疎いみとみは、わからないなりにも芸術作品の
魂を感じ取ろうと必死に眺めていた記憶がある。
そういう練習もあったせいか、芸術作品の素晴らしさをそれなりに
感じ取れるようになっていった。
いつもポイントは魂を観るということ。
それからは、ちょくちょく機会を作って美術展に足を運ぶようにしている。
(話は急に変わる。)
みとみは、知人に言わせると
滅多に他人を誉めないらしい。
世間様はもっと人を誉めるらしい。。。
みとみは基本的に他人には興味ないので、
そんな感じだから
冷たいぐらいあっさりしているらしく
人からその性格に対して嫌味を言われたこともある。
だからと言って、思ってもいないことを
誉めるということは出来ない。
そんなみとみにも、たまには人を誉める。
あの人は素晴らしい!!と思うことがある。
知人に言わせると
『みとみは滅多に人を素晴らしいとか誉めることをしないけれど
あなたが素晴らしいという人は、本当に素晴らしいのね。。。
大抵は良い人だと言って会ってみたら、そうか???思う人が
殆どだけど、貴方は違う』
とお褒めを戴いたことがある。
私が素晴らしいと思う人というのは、、、、、、
その人が話する内容で決めるということはあまりなく、
その人から、魂から感じとれる美しさ、清らかさで判断している。
ちょっと頭の良い人が、それなにり哲学や御教えを持ち出して
もっともらしく語り始めると、ついついこの人は素晴らしい!!と
思いがちになる。心の中では何を考えていようとも
何かを企んでいようとも、そう思ってしまうのが普通。
混沌たる世の中で、様々の人が旗を振って もっともらしく語る人が
どんどん増えてくる。
それは、宗教、政治、メディア、企業、
様々な分野で現れてくる。
中には本当に素晴らしい人もおられるだろうが、
そうでない人も沢山。
もっともらしい言葉の裏に嘘が潜んでいたり、邪な考えが潜んでいたり
まんまと騙される。
ここで大事になのは、上辺の言葉ではなく、魂を観ることが大事
なのではないかと思う。
素晴らしい芸術に触れるとうことは、魂の浄化、向上と
共に本物を観る、識る力が養われるということ。
そして神のような霊能力が養われつつあるということ。
なので、芸術に触れるということは非常に大事ということが
やっと最近気づいた。
・美しいものを見るという事は『透視能力』を養う。
・美しい音(楽)を聴くという事は『透聴能力』を養う。
・美しいものを感じるという事は『透感能力』を養う。
・美しいものを読むという事は『透智能力』を養う。
とある人は言っていた。
私は人の魂を無意識に観ていた。いつ頃から
そういうふうに観る癖がついたのだろう?と考えると
『芸術品の魂を観なさい』と言われたあの頃からだった
ことに最近気づいた。
~つづく~
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